学び

 

先日、ある方々に大変なご迷惑を掛けてしまいました。

 

↑ 私の不徳の致すところです。判断力がなさ過ぎました。(写真は心のイメージです)

 

 

寛大なお心で許して頂けたのですが、巻き込んでしまった夫にも非難され

「サイテー」と言われてしまいました。

本当にそうだと思ったので、反論も出来ずそのまま反省していました。

 

 

ただ今頃になって、投げられたその言葉だけが心に残ってしまっている事に

気付き、何とも言えない心境に…。でも勝手に傷付くのはいけないなと。

 

 

そこで思った(気付いた)のは

「正しい事って言っちゃいけないんだな」って。

 

 

私自身が結構何でもハッキリ言ってしまうタイプなのですが

そういう事も含め、今後は改めていこう、もっと気を付けようと

思うようになりました。今、気付けて良かった。。。

 

 

 

 

終息を願う

 

一旦収束するかのように思えたコロナ禍は、今後どうなるのでしょうか?

 

↑ 花が確実に枯れていくように、病原体もとっとと枯れてしまえばいいのに…。

 

↑ 「打たないで」というより、「触らないで」という事?

 

↑ 平和を願うのは、今が平和であってもそうでなくても同じ。

 

 

収まらない事態、皆が緊張感を持ち続けて早数ヶ月が経ちました。

私も「気にしてなんていない。全然平気。」と思うようにしていましたが

やはり不安感がなかったと言えば嘘になります。

 

 

「もうすっかり慣れました」と言って退けたいものです、心の底から。。。

 

 

 

 

悲報

 

先日 友人に出交し、ペットのインコの訃報に接しました。。。

 

↑ 可愛いコだったので、残念でなりません。

 

↑ ピーちゃんのご冥福を祈ります。。。

 

 

結局なんだかんだで、一度しかピーちゃんに会えませんでしたが

写真を撮らせてもらったり、飛んで来て私の肩に止まったり…

と思い出に残っています。

 

 

寿命はいつ誰に訪れるかわからない事を

小さな命に教わった気がしています。。。

 

 

 

 

七年

 

今日もあの日と同じようなお天気でした。。。

 

↑ 今でも一番愛おしい愛猫、今日はまるおの祥月命日です。

 

 

2ヶ月前から2匹の子猫達と暮らしているのに

何でだろう、こうして写真を見るだけでまた泣けてくる。

あの日に引き戻されるのかな。

今思えば、一番辛かったのは あの日ではなかったのに…。

 

 

息を引き取った時は、その前の方が不憫だったので正直ホッとした。

絵に描いたような亡くなり方、思い描いた最期を迎えられたので

悲しいけれど、その時は納得していた。

 

 

翌日、うちのどの部屋からも一切猫の毛が見当たらなくなり、一気に

喪失感が押し寄せたことを今でも覚えています。

日常の当たり前がそうでなくなった瞬間でした。

 

 

私達にとって、あのコはずっと特別な存在です。。。

 

 

 

 

雨のち曇り

 

5月最終日。お天気と同じ気分で今月を振り返ってみると…

 

↑ いつのまにこんなに時が進んでいたのだろうと驚愕するばかり。

 

↑ いつもとは確実に何かが違う時間の進み方をしていた。。。

 

 

4月に子猫達を迎えるとなってから、生活が一変した。

睡眠命の私にとって、毎朝5時前に起きて、午前0時や1時に眠るなんて事は

一生ないかと思っていた。以前だったら、とっくに今頃寝込んでる。

 

 

家事も夫と分担してやってきたけれど、もっと自分に厳しくすることにした。

比率をどんどん上げて、自分に負荷を掛けています。

人間というのは、追い詰められると底力が湧いてくるものだと思っていて

今までボーッと生きてきた分、ちょっとピリッとしないといけないのでは?

そう考えて行動に移すことにしました。頑張ります。。。